出生の秘密と、ルーツを知ること
わたしのはじまりを、
わたしのペースで。
自分は、どこから来たのだろう。
誰に似ているのか。
どんな事情で生まれ、今の家族と出会ったのか。
普段は気にならなくても、家族の昔話を聞いたとき、病院で家族の病歴を尋ねられたとき、自分が親になることを考えたときに、知りたくなることがあります。
一方で、今は知りたくない人もいます。
情報は知りたいけれど、相手に会うことまでは望まない人もいるでしょう。
子どもが自分の生い立ちに関わる情報を知ろうとすることは、権利の問題として尊重されるべきです。
ただし、そのことと、日本で誰もが出生に関わるすべての情報を無条件に受け取れることは同じではありません。
残っている記録、出生の経緯、適用される制度、ほかの人のプライバシーによって、実際にたどれる範囲は変わります。
この記事では、養子縁組、内密出産、精子・卵子などの提供による生殖を手がかりに、告知、記録保存、DNA検査、情報管理を整理します。
考えたいのは、誰が秘密を守りたいかだけでなく、出生に関わる当事者が、将来の自分の選択に必要な情報へどう近づけるかです。
- 知ること:出生の経緯や相手の情報を確かめること。
- 会うこと:連絡や面会を通じて関係をつくること。
- 決めること:どこまで知り、どう関わるかを本人のペースで選ぶこと。
制度・資料の確認日:2026年10月9日。
成立した法律、通知、検討中の案を区別して記載しています。
家庭での対話例と記録整理の方法は、本記事の提案です。
ルーツを知りたい気持ちは、家族への否定ではない
「育ててもらったのだから」で終わらせない
出生の話題では、親がどれほど大切に育てたかが先に語られることがあります。
もちろん、共に暮らし、支え合ってきた時間はかけがえのないものです。
それでも、養育への感謝があることと、自分の出生について疑問を持つことは両立します。
たとえば、育ててくれた親との関係に満足している人が、生みの親の顔を一度見たいと思うかもしれません。
提供精子で生まれた人が、提供者に家族としての役割を求めず、どんな人なのかだけを知りたいと思うこともあるでしょう。
そのとき、「今の家族では足りないのか」と受け止めてしまうと、本人は知りたい気持ちに加えて、親を傷つけないための配慮まで背負います。
ルーツを知ろうとすることを、誰かへの愛情の点数に置き換えない。
まずは、この前提を共有したいところです。
出生の情報は、家族を評価する材料としてだけ存在するわけではありません。
自分の人生の空白を理解したい、体質について考えたい、過去の説明を確かめたいなど、その意味は一人ひとり違います。
「本当の親」という言葉では整理できない
親子関係には、遺伝的なつながり、妊娠・出産の経験、法律上の関係、日々の養育など、異なる側面があります。
多くの家庭では同じ人に重なりますが、養子縁組や第三者が関わる生殖では、複数の人がそれぞれの側面を担います。
そこで「どちらが本当の親なのか」と一つに決めようとすると、本人が大切にしている関係を取りこぼすことがあります。
この記事では、場面に応じて「育てている親」「生みの親」「提供者」「法律上の親」と書き分けます。
これは人の価値に順位をつけるためではなく、何の情報や関係について話しているのかを明らかにするためです。
| 関係の側面 | 確かめたいことの例 |
|---|---|
| 遺伝的なつながり | どの人の精子・卵子に由来するか、家族の病歴など |
| 妊娠・出産 | 誰が妊娠し、どこで、どのように生まれたか |
| 法律上の親子関係 | 誰と親子関係があり、どのような手続きが行われたか |
| 養育・生活の歴史 | 誰と暮らし、どんな経験や関係を重ねてきたか |
本人がどの関係をどう呼びたいかも、大切な情報です。
「お父さん」「生みの親」「ドナー」などの呼び方を、周囲が一方的に決める必要はありません。
また、ルーツはDNAだけを意味しません。
育った土地、言葉、文化、きょうだいとの関係、親しくしてくれた人の存在も、その人の生い立ちを形づくっています。
今は知りたくない、も一つの意思
出自を知る権利を尊重することは、全員に同じ情報を同じ年齢で受け取らせることではありません。
英国の生殖医療を規制するHFEAも、提供者が誰かを知るかどうかは本人が決めることで、急いで結論を出す必要はないと案内しています。[01]
知りたい気持ちは、時間とともに変わり得ます。
今は関心がなくても、進学、就職、結婚、出産、病気などをきっかけに、別の問いが生まれることもあるでしょう。
一度情報を請求した後で、読むのを休むことも考えられます。
途中まで分かったところで、それ以上は進まないという選び方もあります。
ここで分けたいのは、本人が情報を受け取る時期を選ぶことと、大人が情報を失わせ、将来も選べなくすることです。
まだ使わないから記録を捨てる、今は質問しないから一生関心を持たないと決める、といった扱いでは、後から気持ちが変わったときに戻れません。
「今は聞かない」を尊重するためにも、将来たどれる手がかりを守っておく必要があります。
- 急がせない:面会や検査、情報の閲覧を周囲の希望で進めない。
- 閉ざさない:今の意思を理由に、記録や問い合わせ先を失わせない。
- 変えられる:知りたい範囲や時期を、後から見直せるようにする。
「知る権利」と、実際に情報を得られる仕組み
子どもの権利条約が示す出発点
日本が批准している児童の権利に関する条約の第7条は、出生後の登録や氏名・国籍に加え、できる限り父母を知り、父母に養育される権利を定めています。
第8条は氏名や家族関係などの身元に関わる事項の保護を、第12条は自分に関係することについて意見を表明し、年齢や成熟度に応じて考慮されることを定めています。[02]
これらは、出生情報を大人だけの都合で扱わず、子ども自身に関わる問題として考える重要な基礎です。
ただし、条約の規定だけから、あらゆる提供者の氏名や住所を、年齢や事情を問わず直ちに請求できると説明するのは正確ではありません。
誰が、どの記録を、いつまで保存し、本人がどの手続きを使えるのか。
権利を現実のものにするには、こうした具体的な仕組みが必要です。
また、条約の対象となる子どもの時期に生じた問題が、18歳になれば消えるわけでもありません。
記録を探すのが成人後であれば、数十年前の情報を受け取るための支えが問われます。
日本の2020年法が定めたこと
2020年に成立した「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」は、生まれる子どもの福祉への配慮などの基本理念と、親子関係の特例を定めた法律です。
一方、出生情報の保存・管理・開示については、附則で検討すべき事項として位置づけられました。[03]
そのため、この法律があることだけを根拠に、全国共通の提供者情報データベースから、本人がいつでも氏名を取り寄せられると考えることはできません。
親子関係を定めるルールと、出自情報へのアクセスを保障するルールは、別に確認する必要があります。
親子関係が法律上安定していても、提供者の情報が残っているとは限りません。
反対に、何らかの遺伝的つながりが分かっても、それだけで法律上の親子関係の扱いが決まるわけではありません。
2025年の法案を「すでに使える制度」と混同しない
2025年2月5日、第217回国会に「特定生殖補助医療に関する法律案」が提出されました。
法案には、一定の記録を長期間保存することや、提供によって生まれた成人が情報を求める手続きなどが盛り込まれました。
しかし、参議院の審議経過では、この法案の結果は審議未了です。[04]
したがって、法案中の「100年間の保存」などを、現在すでに適用される全国一律の義務として案内することはできません。[05]
法案の内容についても、「18歳になれば必ず提供者の名前が分かる」という単純な仕組みではありませんでした。
個人を特定しない情報の開示と、氏名などの情報を得る手続きを区別し、後者には提供者の意向や所定の条件が関わる構成でした。
制度の議論を読むときは、理念への賛否だけでなく、実際に本人が受け取れる情報の範囲まで確認することが大切です。
- 何の段階か:提言、法案提出、可決・成立、施行を区別する。
- 誰が対象か:将来の出生だけか、過去に生まれた人も含むか。
- 何が分かるか:身体的特徴や病歴なのか、氏名なども含むのか。
- どう届くか:保存先、請求窓口、本人確認、相談支援が用意されるか。
本記事では、2025年提出案を成立済みの制度として扱いません。
後の検討や別の法案がある場合も、元の法案と同一視せず、資料の日付と審議経過を確認する必要があります。
英国の例から見える、情報と関係の分け方
英国の認可施設での提供を対象とするHFEAの制度では、対象となる人は16歳から提供者を特定しない情報を求められます。
原則として2005年4月1日以後の提供については、18歳になると氏名、生年月日、最後に登録された住所などを請求できる仕組みがあります。[06]
ただし、「2005年以後に生まれた人は全員同じ条件」という意味ではありません。
以前に提供された匿名の精子・卵子などが後の治療に使われた場合や、制度の対象外となる提供もあります。
そして、情報の開示と、その後の関係は別です。
HFEAは、提供者には連絡に返答したり、面会したりする法的義務はないと説明しています。[01]
この例から学べるのは、どこかの国の年齢基準をそのまま移すことだけではありません。
記録を管理し、一定の条件で本人に渡す仕組みと、連絡や対話を支える仕組みを、組み合わせて考えることです。
海外の制度を比較するときも、「名前を知れる国」という見出しだけでなく、対象となる治療、提供時期、記録の有無、支援の内容まで見る必要があります。
養子・内密出産・提供による出生では、たどる記録が違う
共通する問いと、まとめられない事情
養子縁組、内密出産、第三者の精子・卵子などを用いる生殖は、どれも出自の問題につながります。
共通するのは、出生や養育に複数の人・機関が関わり、本人が自分の情報を得るために、他者が持つ記録を必要とすることがある点です。
一方で、情報を残す目的、関係する法律、妊娠・出産に至った事情は大きく違います。
同じ仕組みで一度に解決できると考えると、妊婦の安全や子どもの生活を支える実務が見えにくくなります。
| 出生・養育に関わる場面 | 手がかりになり得る記録 | 確認の出発点 |
|---|---|---|
| 養子縁組 | 戸籍、縁組・支援の記録、写真や手紙 | 関わった児童相談所・あっせん機関など |
| 内密出産 | 医療の記録、保管された出自情報、養育支援の記録 | 出産した医療機関・関係行政機関など |
| 精子・卵子などの提供 | 治療・提供の記録、提供者情報、同意に関する書類 | 治療施設・情報の管理機関など |
表は問い合わせ先を考えるための整理です。
そこに問い合わせれば、記載した記録を必ず閲覧できるという意味ではありません。
養子縁組では、法律上の関係と生い立ちを分けて考える
特別養子縁組は、原則として実方の父母・血族との法律上の親族関係を終了させ、養親との安定した親子関係をつくる制度です。[07]
しかし、法律上の関係が変わることと、それ以前の人生がなくなることは違います。
生まれた場所、名前の由来、一緒に暮らしていた人、施設や里親家庭での経験などは、その人自身の歴史です。
今の家庭の一員であることを大切にしながら、以前の暮らしについて話すことは両立します。
出生や縁組の事実を伝える「真実告知」も、一度説明して終わる問題ではありません。
本人が自分の経験をつなぎ直せるよう、成長に応じて生い立ちを共有していく視点が必要です。[08]
戸籍が、法律上の身分関係を確認する大切な資料になる場合もあります。
ただし、戸籍だけで、当時の気持ち、生活上の事情、健康情報まで分かるわけではありません。
過去の戸籍などにたどる必要がある場合や、取得できる範囲の確認が必要な場合もあります。
自分の出生情報を探したいときは、戸籍の窓口だけにすべての答えを期待せず、縁組に関わった機関の記録も別に考えると整理しやすくなります。
内密出産は、妊婦の安全と子どもの将来を同時に考える
妊娠したことを周囲に知られたくない事情には、暴力への恐れ、家族関係、生活の困窮など、さまざまな背景があります。
内密出産は、一般に、妊婦が医療機関の限られた人に身元を明かし、それ以外には身元を知られないようにして出産する対応を指します。
医療機関にも身元を明かさない匿名の出産や、出生後の赤ちゃんを受け入れる「こうのとりのゆりかご」とは、妊娠・出産時の関わり方や情報が残る経路が異なります。
2022年9月30日、厚生労働省と法務省は、妊婦が身元情報を医療機関の一部の者のみに明かして出産した場合の取扱いについて通知を出しました。
これは当時の制度の下で必要な対応を整理したもので、出自情報をめぐる全国一律の開示制度が、その通知によって完成したという意味ではありません。[09]
だからこそ、命を守るために受診しやすくすることと、後に本人が自分の情報へ近づけるようにすることを、一緒に考える必要があります。
妊婦に「将来すべてが必ず公開される」と不正確に説明すれば、医療から遠ざかる恐れがあります。
逆に、後に変わり得る制度や運用を無視して「絶対に誰にも知られない」と約束することもできません。
医療機関には、守秘の範囲、情報の保管先、将来の取扱いについて、その時点で分かっていることと決まっていないことを丁寧に説明する役割があります。
- 出産の前後:安心して相談・受診できること、母子に必要な医療と支援が届くこと。
- 子どもの成長後:記録の所在が分かり、情報を求めたときの相談先があること。
- 情報を扱うとき:本人の希望と関係者の安全を確かめ、手続きを説明すること。
熊本市と慈恵病院の検討会が2025年3月にまとめた報告書では、出自情報の長期的な保存や管理、開示の進め方が具体的に検討されています。
そこに示される考え方は、全国共通の法律上の開示条件とは区別して読む必要があります。[10]
また、2026年5月19日には、内密出産への対応体制を整えるための法案が参議院に提出されました。
第221回国会では成立しておらず、法案の提案を、そのまま現在使える制度として説明することはできません。[11]
提供による出生では、治療の説明と将来の説明をつなぐ
第三者の精子・卵子などの提供による生殖では、治療を受ける時点で、将来の子どもは説明や同意の場に参加できません。
そのため、大人同士が合意しているかだけでなく、後に生まれる本人へどんな情報を残すかが重要になります。
治療が成功したことと、成人後まで使える記録が整っていることは、別々に確認しなければなりません。
国内の医療機関、海外の施設、個人間の提供などでは、適用されるルールや記録管理の体制も異なります。
「同じ提供だから同じように情報が残る」とは限りません。
治療を検討する段階から、提供者情報の内容、保存期間、開示条件、閉院時の引き継ぎ先を尋ねることは、将来の本人のための準備になります。
ただし、情報が十分に残らない環境で生まれた人や、その親を責めるための確認ではありません。
すでに存在する空白を、これ以上大きくしないために必要な視点です。
記録が残っていて初めて、将来の選択ができる
「いつか話す」には、渡せる材料が必要
出生について話す意思があっても、年月がたつと記憶は薄れ、書類は散らばり、当時の担当者と連絡が取れなくなることがあります。
本人が知りたくなった時期と、親が詳しく話せる時期が重なるとも限りません。
記録を残すことは、親の説明を疑うことではありません。
一人の記憶に頼らず、後から確かめられる材料を用意することです。
保存するときは、情報そのものに加えて、誰が、いつ、何を根拠に書いたのかも一緒に残します。
たとえば「健康だった」という一文でも、本人がそう話したのか、診療記録で確認されたのか、家族の印象なのかでは意味が違います。
「聞いていない」と「病気がない」も別です。
空欄を安心できそうな言葉で埋めず、不明は不明のまま残す方が、後に誤解を広げません。
残しておきたい情報は、名前だけではない
出自情報というと、氏名や住所を思い浮かべがちです。
しかし、名前が分からなくても、出生時の様子や、当時の手紙が本人にとって大切なことがあります。
反対に、氏名が分かっても、なぜその経緯になったのかは分からない場合があります。
次の表は、記録の整理を始めるときの例です。
養子縁組の記録項目を示す国の通知などを参考に整理しています。[12]
すべての項目が存在するわけではなく、収集・保存できる範囲は法令や同意、各機関の規程に従います。
| 記録のまとまり | 残す内容の例 | 一緒に確かめること |
|---|---|---|
| 出生の事実 | 生年月日、場所、出生に関わった施設 | 原本・写しの所在と記載者 |
| 人の情報 | 氏名、当時の連絡先、関係する人の説明 | 本人確認の方法と更新の有無 |
| 健康に関わる情報 | 確認された病歴、検査情報、分からない項目 | 情報の時点と医療者の確認の有無 |
| 経緯とことば | 支援の経過、本人が残した手紙・説明 | 事実と意見・推測の区別 |
| 将来の手続き | 管理機関、問い合わせ方法、開示条件 | 閉鎖・移管時の引き継ぎ先 |
写真や手紙も、誰のものか、いつ作られたものかが分かるようにしておくと、後から意味を確かめやすくなります。
デジタル化する場合も、読みやすいファイル名だけで済ませず、元の書類との対応を残すことが大切です。
家庭の保管と、機関の保存は役割が違う
家庭では、受け取った書類をまとめ、本人が将来探せるようにすることができます。
ただし、親が個人で持っている封筒や端末だけを、長期の記録制度の代わりにするのは難しい面があります。
災害、紛失、端末の故障、病気や死亡などで、情報への道が途切れることもあるからです。
医療機関や支援機関の側には、保存の担当者、閲覧できる人、保存期限、廃業時の移管先を定める課題があります。
特に確かめたいのは、施設がなくなった後に誰が窓口になるかです。
名前が変わった、事業をやめた、担当者が退職した、というだけで本人が先へ進めなくなるのは、記録の中身とは別の障壁です。
家庭が受け取った情報と、機関が保管する情報の範囲も、必ずしも一致しません。
本人向けの情報が親には渡されない制度もあり得るため、「親の手元にない」ことだけで「どこにもない」とは断定できません。
- 何が残るか:診療記録と提供者・出生に関する記録を分けて確認する。
- いつまで残るか:保存期限と、その起算点を確認する。
- 誰に聞くか:本人からの問い合わせ窓口と必要書類を控える。
- 施設がなくなったら:移管先や、その情報の案内方法を確認する。
記録が見つからないときも、説明を残す
出生情報が存在しない場合や、保存されていたはずの記録が見つからない場合もあります。
そのとき、「分かりません」でやり取りが終わると、本人は、何を調べたのか、別の機関に聞けるのか、今後も望みがないのかを判断できません。
問い合わせを受けた側には、確認した記録の種類、探した範囲、所在を把握できなかった理由、次に相談できる先を、可能な範囲で説明することが望まれます。
本人の側も、問い合わせ日、回答した部署、回答の内容を残しておくと、同じ説明を何度も繰り返す負担を減らせます。
これは、必ず情報を見つけるための万能な方法ではありません。
それでも、「存在しない」「残っているが開示できない」「今の窓口では分からない」を分けることで、次に考えることは変わります。
出生当時の同意は、何十年後にも関わる
提供者や生みの親の意向は、記録や開示を考えるうえで無視できません。
同時に、当時の説明がどこまで具体的だったかも重要です。
「匿名」とだけ書かれていても、誰に対して匿名なのか、将来の本人への情報提供まで想定したものなのかが分からなければ、後の扱いで混乱します。
連絡先を更新できるか、病歴に変化があったときに伝えられるか、希望を変えた場合の手続きがあるか。
制度を設計する側は、提供や出産の一時点だけで手続きを完了させず、時間がたった後の窓口も考える必要があります。
ただし、後から法律や規程が変わったとしても、過去の記録に何が適用されるかは個別に確認が必要です。
将来の制度変更を見込んで、今の時点で開示や秘密保持を断言することは避けたいところです。
告知は、一度の発表ではなく続いていく対話
伝える日を決める前に、何を共有するか
親が出生の経緯を話そうとするとき、「何歳になったら」「どんな言葉で切り出せば」と悩むのは自然なことです。
ただ、一度の会話を成功させることだけが目標になると、その後の質問や、気持ちが変わったときの対話が置き去りになりがちです。
HFEAは、提供によって生まれた子どもに対し、幼い時期から出生の経緯を話していくことを勧めています。
同時に、これまで話してこなかった家庭にも、準備や支援を利用して伝える道があると案内しています。[13]
養育する側が目指したいのは、一度聞いたら二度と質問しなくなる説明ではなく、「分からないことは、また聞いてよい」と思える関係です。
まずは、親や支援者の間で確認できている事実を整理します。
分からない部分、資料で確かめられる部分、親自身の気持ちを分けると、子どもの問いに合わせて説明しやすくなります。
年齢の数字より、理解と問いに合わせる
幼い子どもへの説明と、思春期・成人後の説明では、使う言葉も扱う内容も異なります。
小さい頃は、「家族になるまでに、こんな人や場所が関わっていた」と、生い立ちの一部として繰り返し話す方法があります。
成長すると、身体の仕組み、遺伝的なつながり、なぜ今の暮らしになったか、ほかにきょうだいがいるかなど、問いが具体的になるかもしれません。
成人後であれば、記録の所在や、いつから誰が事実を知っていたのかを確認したい場合もあります。
親にとって難しい質問でも、本人が理解しようとしていることとして受け止める必要があります。
次の表は年齢別の「正解」ではなく、話す内容を考えるための例です。
理解のしかたや関心に応じて、前後したり何度も繰り返したりします。
| 本人の関心・理解 | 共有する内容の例 | 大人が意識したいこと |
|---|---|---|
| 家族の物語に関心を持つ | 生まれた場所、家族と出会うまでの出来事 | 分かる言葉で、普段から話せるようにする |
| 身体や遺伝について尋ねる | 出産・提供・縁組の違い、分かっている事実 | 曖昧な物語だけで質問をかわさない |
| 自分で調べたいと望む | 記録、窓口、得られる情報と限界 | 調べる範囲と共有する相手を本人と考える |
| いったん距離を置きたい | 今後も相談できること、記録の保管先 | 話を再開するかを急いで決めさせない |
「伝えたら傷つく」をどう考えるか
出生の話に心が動くこと自体を、すべて失敗と捉える必要はありません。
驚き、納得、怒り、悲しさ、安心など、複数の感情が一緒に出ることもあります。
すぐに反応しないから受け入れた、とも、泣いたから伝えるべきでなかった、とも決められません。
2023年の英国の縦断研究では、第三者が関わる生殖で生まれた若者について、7歳より前に出生の経緯を知ったことと、20歳時点の母子関係などの良好な指標との関連が報告されました。[14]
ただし、これは早い告知の効果を実験で証明したものではありません。
研究対象にも限りがあり、特定の年齢までに話せば必ず問題が起きない、という保証には使えません。
大切なのは、告知の早さだけを競わず、事実を知った本人にどんな支えを用意できるかを考えることです。
親の側が強い不安を感じるなら、本人へ話す前に、出生や養子縁組の事情を理解する専門職へ相談する方法もあります。
親の気持ちを整えることと、子どもの疑問に答えることは、別々の場で支えることができます。
使いやすい言葉と、負担になりやすい言葉
説明をきれいにまとめようとして、本人に求める気持ちまで決めてしまうことがあります。
「こんなに大切に育てたのだから分かってほしい」「知ったら悲しむと思っていた」とだけ伝えると、本人が親を慰める側に回るかもしれません。
親が迷った理由を話すことはできますが、その説明と、本人が怒ったり疑問を持ったりする自由は両立させたいところです。
出生の事実を伝えるとき
「あなたが生まれるまでのことで、まだ話していなかったことがある。分かっていることと、分からないことを分けて話すね」
これまで話せなかったとき
「話すことを迷って、今日まで伝えられなかった。どう感じるかを、こちらから決めたくない。今すぐ返事をしなくても大丈夫だよ」
分からないことを聞かれたとき
「そのことは、今は分からない。調べられる記録があるか、あなたが知りたい範囲で一緒に確認したい」
これらは本記事の例文です。
そのまま読む台本ではなく、実際の事実と家庭の言葉に置き換えて使います。
「会えるはず」「きっとあなたを思っていた」など、確認できないことを安心のために約束しないことも大切です。
告知の後に、いつもの生活を続けられること
出生の話をした後も、学校、仕事、食事、睡眠といった毎日の生活は続きます。
周囲が話題を特別扱いしすぎると、本人が普通に過ごしたいときにも、何か感想を言わなければならないように感じることがあります。
反対に、一度話したから終わりにすると、後から出てきた質問を持ち出しにくくなります。
そこで、「今日はここまでにする」「後で紙に書いて渡してもよい」「家族以外の人にも相談できる」といった選択肢を用意します。
誰にこの話を伝えるかも、その都度考える必要があります。
親族や学校へ知らせることで支援につながる場合はありますが、出生の事情を本人の望まない範囲に広めない配慮が必要です。
きょうだいでも、知りたいことは違う
同じ家庭のきょうだいであっても、出生の経緯、知っている事実、関心の強さが同じとは限りません。
一人が詳しく調べたいからといって、ほかのきょうだいにも同じ時期に同じ情報を読ませる必要はありません。
ただし、家庭内の説明が矛盾したり、一人だけが大きな秘密を背負ったりしないように考えることは大切です。
「あなたが知ったことを、きょうだいにすべて説明して」と役割を渡すのではなく、誰がどのように話すかを大人と支援者が整理します。
本人のプライバシーを守ることと、家族の中で嘘を重ねないこと。
その両方をどう実現するかは、各家庭の状況に応じて相談する必要があります。
DNA検査は、ルーツ探しを変えるが、すべての答えではない
親族が検査したことから分かる場合もある
家庭向けのDNA検査や親族マッチングサービスによって、遺伝的につながる可能性のある人を探す手段が増えています。
書類が残っていない人にとって、新しい手がかりになる可能性がある一方、予想していなかった親族関係が示されることもあります。
ここで注意したいのは、本人が検査を受けなければ、必ず情報を守れるわけではないことです。
HFEAは、近い血縁者がマッチングサービスを使い、その結果が公開情報と組み合わされることで、本人が利用していなくても身元や提供による出生が推定される可能性を説明しています。[01]
米国の国立ヒトゲノム研究所も、ゲノム情報と系譜・公開情報を組み合わせた再識別の問題を取り上げています。[15]
もちろん、全員の関係が必ず見つかるわけではありません。
しかし、制度上は匿名であっても、技術的に永遠に特定されないことまで保証できるとは限らないのです。
祖先の推定、親族の推定、病気の検査は違う
「DNA検査」という呼び方の中には、目的の異なるサービスが含まれます。
祖先の地域を推定する検査は、利用者のデータを参照データベースなどと比較します。
米国国立医学図書館のMedlinePlusは、会社や解析方法、参照集団によって結果が異なり、データの追加によって推定が変わり得ることを説明しています。[16]
表示された地域の割合が、本人の国籍、文化、家族の歴史をそのまま決めるわけではありません。
親族マッチングは、遺伝的に共有する部分などから関係を推定するもので、出生に至った事情や、誰がどう育てたかまで教えてくれるものではありません。
さらに、病気に関わる結果を扱う検査とも区別が必要です。
市販の検査結果を、そのまま診断や治療の判断に使えるとは限りません。[17]
| 検査・機能の目的 | 得られる情報の例 | それだけでは分からないこと |
|---|---|---|
| 遺伝的な祖先の推定 | 参照集団と比べた地域的な由来の推定 | 国籍、文化、家族が移動した具体的な事情 |
| 親族マッチング | 遺伝的に近い利用者や関係の候補 | 出生の事情、相手の気持ち、法律上の関係 |
| 健康に関わる検査 | 対象項目に関する遺伝的な情報 | すべての病気の有無や、将来の健康の確定 |
同じ会社のサービスに複数の機能が入っている場合もあります。
「どこまで調べるのか」と「誰と結果を照合するのか」を、別々に確認すると理解しやすくなります。
結果に驚いたとき、すぐに人間関係を動かさない
予想外の結果が出ると、早く誰かに確かめたくなるかもしれません。
それでも、結果画面に表示された関係の候補と、確認できた事実は分けておく方がよいでしょう。
サービスごとの説明、検体やアカウントの扱い、推定の幅を確かめずに、誰かを親やきょうだいと断定しないことが大切です。
結果を受け取った直後に、家族全員へ一斉送信したり、SNSへ名前や画面を公開したりすると、後から共有範囲を戻すことが難しくなります。
まず、何が表示されたのかを保存し、どこまで分かる結果なのかを確認する。
そのうえで、誰に何を相談したいかを考える時間を取ります。
健康に関する結果が気になる場合には、医療機関で検査の意味や、必要に応じた追加の確認について相談します。
祖先や親族探索の結果を、独自に病気の診断へ読み替えないことが大切です。[17]
検査前に見るのは、料金だけではない
DNA検査を使うかどうかは本人の選択ですが、購入する前に知っておきたい条件があります。
検査のために送った唾液などの試料と、そこから作られるデータは別のものです。
試料を廃棄してもデータは保存されるのか、アカウントを削除したら研究利用も止まるのかなど、項目を分けて確かめます。
MedlinePlusも、研究・第三者への共有、会社が売却された場合、削除の条件などを利用前に確認するよう説明しています。[18]
- マッチング:親族照合は初期設定で有効か、自分で選べるか。
- 公開範囲:名前や連絡先、関係の候補が誰に見えるか。
- 保存・共有:試料とデータを何に使い、誰へ渡すか。
- 削除:何を消せるか、すでに共有・利用されたものはどうなるか。
- 事業の変更:売却・終了した場合に、データがどこへ移るか。
検査する人だけでなく、遺伝的な情報の一部を共有する親族にも影響が及ぶ可能性があります。
だからといって、本人の探索を一律に禁じることが答えになるわけではありません。
どんな結果まで受け取りたいか、想定外の関係が示されたら誰に相談するかを、利用前に考えられることが大切です。
未成年の子どもについて検査を考える場合は、保護者の興味だけで決めず、本人の理解、将来の意思、データが長く残ることを踏まえて検討する必要があります。
知る権利とプライバシーは、手続きの中で調整する
誰か一人だけの情報ではない
出生の記録には、本人の情報と、親・提供者・きょうだいなどの情報が重なります。
たとえば出生に至る経緯を書いた文書に、生みの親の病歴、生活状況、別の子どもの名前が含まれていることがあります。
本人の出自を理解するために重要な部分と、第三者の生活の詳細とは、同じ扱いにできない場合があります。
だからといって、「個人情報なので何も説明できない」と一括りにすれば、本人の情報まで閉ざされかねません。
反対に、「自分の出生に関わるのだから、関係者の情報はすべて自由に公開できる」と考えることも適切ではありません。
本人に必要な情報へ近づくことと、不必要に他者へ広めないことを、両方実現するための手続きが必要です。
非特定情報でも、組み合わせれば分かることがある
名前が書かれていない情報であれば、いつでも安全とは限りません。
珍しい職業、狭い地域、具体的な時期などが重なると、公開されている情報から個人が推測される可能性があります。
DNAの情報も同様です。
個人情報保護委員会は、本人を認証できる一定のゲノムデータが個人識別符号に該当し、それを含む情報が個人情報になると説明しています。[19]
したがって、氏名を消すだけで取扱いの検討が終わるわけではありません。
何を渡し、どのように保管し、誰が見られるのかまで考える必要があります。
一方で、すべてを危険な情報として封じればよいわけでもありません。
どの部分が特定につながり、どの部分なら目的に沿って説明できるかを検討することが、実際の情報提供につながります。
情報の開示と、連絡への同意を分ける
2021年3月26日の厚生労働省の通知は、民間の養子縁組あっせん機関が持つ記録や、本人への情報提供の留意点を示しています。
その中では、実父母等の情報を子どもへ提供することへの同意と、本人からの連絡を受ける希望などを、区別して記録する考え方が示されています。[12]
「名前を伝えてよい」と「自宅へ突然来てよい」は、同じ意思ではありません。
「病歴を届けたい」と「家族として交流したい」も別です。
情報を受け取る側も、まず資料だけを読みたい、支援者を介して質問したい、直接会いたいなど、望む関わり方が異なります。
希望を分けると、進め方を相談しやすくなる
何が残っているかを確かめ、知りたい範囲を選ぶ。
連絡の方法と、互いに伝えてよい内容を確認する。
会うかどうか、頻度や距離感を改めて相談する。
この三つを一度に決める必要はありません。
それぞれの段階で、本人が望むことと、相手が応じられることを確認します。
なお、具体的な情報提供に同意が必要か、例外があるかは、関係する法令や制度によって異なります。
医療上の緊急性などがある場合も、本人や家族だけで公開の可否を決めず、記録を管理する機関や専門職に相談することが必要です。
安全上の事情を「秘密にしたい」で片づけない
身元を明かすことに、暴力や追跡などの具体的な危険が伴う場合もあります。
そうした事情と、単に説明しにくいという事情を同じ箱に入れず、何が危険なのか、どの情報が危険につながるのかを個別に確認する必要があります。
たとえば、出生の経緯を説明することと、現在の住所を知らせることは分けて検討できます。
直接連絡を取らず、支援者を介して伝えられる情報があるかもしれません。
安全のための制限が必要な場合も、本人の問い自体を否定しないことが大切です。
「あなたが知りたいと思うことは間違いではない。今の方法では難しい部分がある」と、理由と可能な範囲を説明します。
また、子どもの出自を支援や啓発の事例として公表する場合も、誰のための発信かを考える必要があります。
よい目的の発信であっても、本人が将来ずっとその情報と結びつけられることへの配慮は欠かせません。
自分の出生を確かめたくなったときの進め方
最初から、会うかどうかまで決めなくてよい
ルーツを知りたいと思ったら、最初に「どんな答えがほしいのか」を整理してみます。
出生の経緯を知りたいのか、病歴が気になるのか、写真や手紙を見たいのか、それとも相手が誰かを知りたいのか。
すべてを明確に言葉にできなくても構いません。
現時点の希望を書いておくだけで、相談先に説明しやすくなります。
たとえば「今は会うことは考えていない。記録が残っているかだけ知りたい」と伝えれば、最初の問い合わせの目的を絞れます。
希望の途中変更も、失敗ではありません。
調べてみてから、少し休みたいと感じることもあります。
自分のペースで確かめる4つの段階
今知りたいことと、まだ知りたくないことを書き分ける。
家族の説明、手元の書類、関わった施設名を整理する。
記録の有無、手続き、開示できる範囲と支援を確認する。
いつ、誰と、どこまで読むかを考え、必要ならいったん休む。
問い合わせ先は、出生の経緯によって選ぶ
すべての出自情報を一つの窓口で調べられるとは限りません。
養子縁組なら、当時関わった児童相談所や民間あっせん機関が手がかりになります。
提供による出生なら治療を行った施設、内密出産なら出産した医療機関や関係する行政機関が出発点になり得ます。
ただし、本人が施設名を知らない場合、親と話せない場合、施設がすでになくなっている場合もあります。
そのときは、無理に家族から聞き出すことだけを方法にせず、分かっている地域や手続きから相談できる先を探します。
こども家庭庁の特別養子縁組制度の案内には、民間あっせん機関や、養子縁組あっせん事業に関する相談窓口の一覧が掲載されています。[07]
窓口が分からないこと自体を、相談の内容にして構いません。
| 確かめたいこと | 相談先の候補 | 最初に伝える内容 |
|---|---|---|
| 養子縁組前の記録 | 関与したあっせん機関・児童相談所など | 当時分かる地域・施設名と、知りたい情報 |
| 提供や治療の記録 | 治療施設・記録の管理機関など | 本人からの照会方法と、記録の有無を知りたいこと |
| 内密出産に関わる記録 | 出産施設・関係行政機関など | 出自情報の相談窓口と手続きを知りたいこと |
| 戸籍に関する事項 | 市区町村の戸籍窓口など | 自分の身分関係を確かめるための取得方法 |
| 健康上の心配 | 医療機関・遺伝医療の相談部門など | 分かっている情報と、不明な家族歴 |
| 調べる途中の気持ち | 経験のある相談員・心理職・当事者の支援団体など | いま困っていることと、望む支え方 |
表は相談先の候補で、すべての機関が探索や開示、心理的支援の全てを担当するわけではありません。
対応範囲や費用、情報の扱いを最初に確認すると、行き違いを減らせます。
見つかった情報を、一人で抱えなくてもよい
記録が見つかることは、いつでも単純な安心につながるとは限りません。
自分が聞いていた説明と違う記載がある、相手がすでに亡くなっている、情報が一部しかない、といった場合もあります。
一つの資料を読んでも、当時のすべてが分かるとは限りません。
作成目的が行政の手続きや治療であれば、本人が知りたい気持ちや経緯が詳しく書かれていないこともあります。
読んだ内容について、どれが確認された事実で、どれが記載者の見方なのかを整理する人がいると、理解の助けになります。
相談相手は、家族でなければいけないわけではありません。
家族に話す前に自分の気持ちを整理したいことも、支援を求める理由になります。
当事者同士のつながりが助けになる場合もありますが、他の人の体験が自分の進み方の基準になる必要はありません。
会ってよかった人も、会わないと決めた人もいる中で、自分が望む範囲を考えていきます。
相手が応じなかったとき、自分の価値と結びつけない
情報が得られても、相手が連絡を望まなかったり、希望する関係の深さが違ったりすることがあります。
返事がない理由を、本人だけで正確に知ることはできません。
相手の現在の事情、家族への説明、記憶や気持ちなど、こちらから見えない要素もあります。
連絡の結果は、本人に知りたいと思う資格があったかどうかの判定ではありません。
期待していた答えが得られなければ、落胆してよいし、しばらく考えるのを休んでもよい。
その気持ちを、相手の事情を理解することと引き換えに小さくする必要はありません。
記録の探索、情報の理解、交流の調整は、それぞれ時間がかかることがあります。
進めるための支援と同じように、立ち止まるための支援も必要です。
子どもの利益を、家庭だけの責任にしない
制度が必要なのは、親が話せない日も来るから
家庭で誠実に話すことは大切ですが、それだけで出自を知る権利を支え切れるわけではありません。
親が記録を持っていない、関係する機関にたどり着けない、相談に費用がかかる、開示の説明が理解しにくい。
そうした問題は、親子の話し合いだけでは解決しません。
特に、親が亡くなった後や、親との関係が難しいときにも、本人が必要な手続きへ進めることが重要です。
「親に聞いてください」だけでは終わらない窓口と、本人の状況に応じた確認方法が必要になります。
保存・開示・相談を、別々に終わらせない
出自情報を守る仕組みは、保存期間を長くするだけでは完成しません。
記録があっても、保管先が分からなければ使えません。
請求できても、専門用語ばかりで説明を受けられなければ、理解は難しいままです。
2021年の厚生労働省の通知は、民間あっせん機関の帳簿を永年保存することが法令等で定められている点を確認し、廃業時の引き継ぎにも触れています。
それでも、記録の有無と本人に情報が届くことは同じではありません。[12]
2026年9月28日に開かれた、こども家庭庁の特別養子縁組支援に関する専門委員会でも、記録や情報開示、継続的な支援に関わる論点が検討されています。
これは検討資料であり、新しい制度の確定を意味するものではありません。[20]
そこから考えたいのは、「記録を残した」という機関側の実績だけでなく、必要なときに本人が使える状態になっているかです。
本人に届く仕組みをつくる
所在・根拠・引き継ぎ先を明確にし、長期に守る。
分かりやすい窓口と説明を用意し、結果の理由を伝える。
情報の理解、気持ちの整理、連絡の調整を支援する。
「本人のため」を、本人抜きで決めない
子どもの利益という言葉は大切ですが、大人が考えた安心だけを意味するものではありません。
「知らない方が幸せだろう」と決めることも、「すべて知ればすっきりするはず」と決めることも、本人の気持ちを先回りしています。
こども基本法は、年齢や発達の程度に応じた意見表明の機会や意見の尊重を基本理念とし、こども施策に本人たちの意見を反映する仕組みを求めています。[21]
出自に関わる制度も、親、提供者、医療者、行政だけで議論を閉じず、子どもや成人した当事者の経験を受け止めることが必要です。
制度への意見を求める場でも、個人の出生や家族関係を詳しく語ることが参加の条件にならない配慮が求められます。
自分の事情を公表せずに意見を届ける方法も必要です。
情報が少ない人ほど、不利にならないために
情報が得やすい人と、ほとんど手がかりがない人では、探索にかかる負担が違います。
海外の施設が関われば、言葉や時差、費用が障壁になります。
機関が閉鎖していれば、まず引き継ぎ先を探すところから始めなければなりません。
新しい制度をつくる場合には、これから生まれる子どもへの対応だけでなく、すでに成人し、過去の記録を求めている人への支援も問われます。
すべての空白を取り戻すことはできなくても、どこまで調べられたかを説明すること、相談を続けられること、本人の経験を制度改善へ反映することはできます。
「情報がない人は仕方がない」で終わらせない視点が、将来の同じ困難を減らすことにつながります。
自分の人生について、問い続けられること
子どもには自分のルーツを知る権利があるのか。
その問いに向き合う出発点は、出生について知りたい気持ちを、親への裏切りや余計な詮索として扱わないことです。
同時に、知ることを急がせず、知らないままにしておきたい範囲や、相手と関わりたくないという意思も尊重する必要があります。
その選択を現実に支えるのが、失われない記録、たどれる窓口、分かりやすい説明、そして情報を受け取った後の支えです。
ルーツが分かることだけが、一人の人生を完成させるわけではありません。けれど、自分に関わる問いを持つことまで、誰かに閉ざされてよいわけでもありません。
家庭と制度が守りたいのは、その人が自分の歩みを、自分の言葉で受け止めていける余地です。
参考資料・出典
一次資料を中心に、本文で参照した資料をまとめています。各ウェブ資料の確認日は2026年10月9日です。
[01] HFEA『FAQs for donors, donor-conceived people and their parents』
2025年10月更新。本人の選択、提供者との連絡・面会、DNAマッチングの説明。
[02] 外務省『児童の権利に関する条約』全文
第3・7・8・12・16条。1989年採択、日本は1994年批准。
[03] 『生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律』
2020年12月11日公布、令和2年法律第76号。基本理念・附則第3条を参照。リンクは制定時本文。
現行法(e-Gov)
[04] 参議院『特定生殖補助医療に関する法律案』審議経過
第217回国会・参法第1号、2025年2月5日提出。結果は未了。
衆議院の審議経過(審査未了)
[05] 『特定生殖補助医療に関する法律案』本文
2025年提出案。第51~55条など。成立した法律ではない。
[06] HFEA『Finding out about your donor and genetic siblings』
英国での情報開示。提供時期、16歳・18歳の条件、匿名提供の扱い。
[07] こども家庭庁『特別養子縁組制度について』
制度概要、関係法令・通知、あっせん事業者・相談窓口一覧。
[08] 厚生労働省掲載・里親向け手引き『子どものルーツと実親との関係』
真実告知と生い立ちを共有する支援。冊子76ページなど。
[09] 厚生労働省・法務省『妊婦がその身元情報を医療機関の一部の者のみに明らかにして出産したときの取扱いについて』
2022年9月30日通知。当時の現行制度下の取扱いを整理した資料。
[10] 熊本市・慈恵病院『緊急下の妊婦から生まれた子どもの出自を知る権利の保障等に関する検討会』報告書
2025年3月21日提出。情報の保存・管理・開示に関する地域の検討報告。全国一律の法律ではない。
報告書PDF
[11] 『内密出産に対応するための体制の整備等の促進に関する法律案』審議経過
第221回国会・参法第8号、2026年5月19日提出。第221回国会では未成立。
2026年7月25日・参議院公報(議案経過表) / 法案本文
[12] 厚生労働省『民間あっせん機関による養子縁組のあっせんを受けて養子となった児童に関する記録の保有及び当該児童に対する情報提供の留意点について』
2021年3月26日通知。保存項目、情報提供への同意、連絡の希望、情報提供時の配慮を参照。
[13] HFEA『Talk to your child about their origins』
幼少期からの対話と、後から伝える際の準備・支援。
[14] Golombok ほか『A Longitudinal Study of Families Formed Through Third-Party Assisted Reproduction: Mother-Child Relationships and Child Adjustment From Infancy to Adulthood』
2023年、Developmental Psychology。DOI: 10.1037/dev0001526。英国の縦断研究。関連を示す観察研究として参照。
[15] 米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)『Privacy in Genomics』
2024年2月6日更新。公開情報等と組み合わせたゲノム情報の再識別。
[16] 米国国立医学図書館 MedlinePlus『What is genetic ancestry testing?』
祖先推定における参照集団・解析方法・結果の限界。
[17] 米国国立医学図書館 MedlinePlus『What is direct-to-consumer genetic testing?』
消費者向け遺伝子検査と、医療上の判断・追加確認の区別。
[18] 米国国立医学図書館 MedlinePlus『What should I know before proceeding with direct-to-consumer genetic testing?』
検体・データの保管、共有、削除、企業売却等の確認項目。
[19] 個人情報保護委員会 FAQ Q2-3『医療・介護関係事業者が取り扱う「個人識別符号」には、具体的にどのようなものがありますか。』
一定のゲノムデータに関する個人識別符号の定義。
[20] こども家庭庁『特別養子縁組に関する支援の在り方に関する専門委員会(第5回)』
2026年9月28日開催。資料1『これまでの議論を踏まえた論点イメージ(修正案)』10~12ページなど。検討資料。
資料1 PDF
[21] こども家庭庁『こども基本法に基づくこども施策の策定等へのこどもの意見の反映について』
2022年11月14日事務連絡。こども基本法第3条・第11条の説明。