なぜSNSで精子提供を探す人がいるのか
「子どもがほしい」
その願いがあっても、誰もが同じ方法で精子提供を受けられるわけではありません。
病院へ行けば、必要な人は誰でも安全な提供精子を使える。
そんな単純な状況ではないからこそ、インターネットやSNSで提供者を探す人が現れています。
元となった2021年の報道では、日本では提供精子を使った非配偶者間人工授精(AID)を行える医療機関が限られ、精子提供者の不足も課題になっていました。
一方で、医療機関の外で行われる個人間の精子提供には、安全性や提供者情報の確認などさまざまな問題があります。
危険があるなら、利用しなければいい。
そう言うのは簡単です。
でも、その前に考えたいことがあります。
なぜそれでもSNSで精子提供を探す人がいるのでしょうか。
病院へ行けば解決するとは限らない
精子提供が必要になる事情は人によって異なります。
無精子症などにより、夫の精子で妊娠することが難しい夫婦。
一人で子どもを育てることを考えている女性。
同性のパートナーと家族をつくりたい人。
さまざまな背景があります。
しかし少なくとも元記事が報じた2021年当時、日本の医療機関で行われていたAIDには対象や実施施設について一定の制約がありました。
さらに、提供する側の不足という問題もありました。
つまり
「精子提供を受けたい」
と思ったからといって、すぐに治療へ進めるとは限らなかったのです。
子どもを望んでいる。
でも、利用できる選択肢が見つからない。
そんなときインターネットで別の方法を探し始める人が出てくることは、不思議ではありません。
SNSなら、提供者がすぐに見つかるように見える
SNSで「精子提供」と検索すると、提供を申し出る人を見つけられることがあります。
医療機関の予約を待つ必要がない。
複雑な手続きをしなくても連絡できる。
提供者と直接やり取りできる。
一見すると、とても手軽な方法に見えます。
長く妊活を続けている人にとって、この「すぐに動ける」という感覚は大きいかもしれません。
月経周期や年齢を意識しながら妊娠を望んでいる場合、
「何か月も待ちたくない」
という焦りが生まれることもあります。
だから、SNSで提供者を探す人を
「危険なのに、なぜそんなことをするの?」
と責めるだけではこの問題は見えてきません。
その人が、なぜそこまでしなければならなかったのか。
利用できる別の選択肢があったのか。
そこまで考える必要があります。
相手が書いている情報は、本当なのか
ただし、個人間の提供には大きな問題があります。
SNSのプロフィールに
「健康です」
「感染症検査済みです」
「学歴は〇〇です」
「過去にも提供実績があります」
と書かれていたとしても、それが本当なのかを利用者自身が確かめることは簡単ではありません。
年齢。
職業。
学歴。
健康状態。
家族の病歴。
そして、本当に本人の精子なのか。
医療機関を介さない場合、こうした情報の確認を当事者同士で行うことになります。
相手を信じるしかない部分が増えてしまいます。
子どもを授かりたいという強い願いがあると、
「この人なら大丈夫かもしれない」
と信じたくなることもあるでしょう。
でも、その選択は妊娠した瞬間だけで終わるものではありません。
生まれてくる子どもの人生にも続いていきます。
感染症という現実的なリスクもある
精子は身体に入るものです。
そのため、安全性を考えるうえで感染症の確認は欠かせません。
医療機関を通じた精子提供では、提供者の健康状態や感染症などについて一定の確認が行われます。
個人間の提供では、その検査がどのように行われたのかまで確認できない場合があります。
検査結果を見せてもらった。
だから絶対に安全。
とも言い切れません。
検査を受けた時期と提供時期が違うこともあります。
情報が正しいものなのか、受け取る側だけでは判断できない場合もあります。
子どもを望む方法で、母体の健康が危険にさらされてしまう。
それは避けなければなりません。
「善意の提供者」とは限らない
精子を提供する側にも、さまざまな人がいます。
本当に、
「子どもを望んでいる人を助けたい」
という思いから行動している人もいるでしょう。
でも、インターネットでは相手の本当の目的が見えません。
精子提供を理由に、必要以上に個人的な情報を求められる。
性交渉による提供を持ちかけられる。
最初に聞いていた条件とは違うことを要求される。
そんなトラブルにつながる可能性も考えなければなりません。
精子提供を必要としている側は、とても強い願いを抱えている場合があります。
その気持ちにつけ込む人が絶対にいないとは言えません。
だからこそ、
「いい人そうだった」
という印象だけに安全性を委ねる仕組みには限界があります。
生まれた後に初めて問題が見えてくることもある
提供を受けるときには、
「妊娠できるか」
が一番大きな関心になるでしょう。
それは自然なことです。
しかし、精子提供について考えなければならないことは、妊娠までではありません。
子どもが生まれた後。
提供者の病歴について知りたくなることがあります。
子どもが自分のルーツを知りたいと言うかもしれません。
同じ提供者から、ほかにも子どもが生まれている可能性があります。
提供者との間で、当初想定していなかった問題が起きることも考えられます。
個人間で
「これで終わりです」
と約束したとしても子どもが生まれれば、その選択の影響は長く残ります。
今の二人だけで決めた約束だけでは対応できない問題が、何年も後に出てくる可能性があります。
それでも利用する人を責めるだけでは変わらない
SNSによる個人間の精子提供に危険がある。
だから、
「利用する人が悪い」
で終わらせてしまえば、根本的な問題は残ったままです。
なぜ医療機関ではなくSNSを選んだのか。
安全な方法へアクセスできなかったのか。
時間がかかりすぎたのか。
対象となる条件に入れなかったのか。
選択肢そのものを知らなかったのか。
そこには、一人ひとり異なる事情があります。
必要なのは、危険性を伝えることだけではありません。
危険な方法を選ばなくても、子どもを望む人が安心して相談できる場所や選択肢を増やしていくことです。
2021年に生まれた「国内の精子バンク」という動き
元記事が掲載された2021年には、「みらい生命研究所」の精子バンク事業が始まり、SNSなどで行われる個人間提供とは異なる形で、安全性を確認した精子を医療機関へ提供しようという動きが注目されました。
提供精子について感染症などを調べ、医療の仕組みの中で扱う。
子どもを望む人にとって、安全な選択肢を増やそうとする試みです。
こうした仕組みが必要とされた背景には、単純なドナー不足だけではなく
「安全に精子提供を受けたいのに、その方法が十分にない」
という現実がありました。
精子提供を必要とする人を、安全な医療へどうつなげるか。
それは今後も考えていかなければならない課題です。
「自己責任」にしない仕組みが必要
精子提供によって子どもを持つという選択には、多くのことを考える必要があります。
提供者の健康。
感染症。
遺伝に関する情報。
提供者の記録。
生まれた子どもの出自。
将来の家族関係。
これらすべてを、精子提供を受けたい当事者一人が調べ判断するのは簡単ではありません。
だから、本来は仕組みが必要です。
信頼できる提供者なのかを確認する。
健康上のリスクを調べる。
必要な情報を記録として残す。
問題が起きたときに相談できる。
そして何より、生まれてくる子どもの未来まで考える。
精子提供は、ネットで誰かを探し、精子を受け取れば終わる話ではありません。
そこから、一人の人間の人生が始まります。
SNSで精子提供を探す人を責める前に、
「なぜ、その方法しか選べなかったのか」
と考えてみる。
安全な選択肢を増やすためには、その視点が必要なのではないでしょうか。

